学習障害児の母の日記

字の認識が難しく話すことにも不自由している小学2年の息子と4歳の弟の日常をありのままに綴ります。

自分のことを思い返してSくんの現状と将来を考える

こんにちわ

 

 

学習障害児Sくんの母です。

 

 

ちゅーこさんの記事が自分と似ているところなどがあり考えさせられました。

 

www.shibazakura.work

 

 

私はどうだったかな?と考えました。

 

中学以降は運動も極端に出来なくて、英語以外の勉強は大嫌いでした。

 

 

志望校も他校の親友と同じところに行きたかったけど全然偏差値が足りませんでした。

 

 

中3で親が見つけた塾で成績が伸びて志望校である公立高校を一般で受験しました。私立の高校を滑り止めとしては受験させてもらえませんでした。

 

 

 

落ちたら浪人?!

 

 

背水の陣。

 

 

結果はトップの成績で入学出来ました。

 

 

そこからです、理系の科目、というか英語以外の科目が嫌いどころか、授業を理解できなくなっていってしまったのです。

 

 

大学受験は文系教科のみで受験出来るところを受けるしかありませんでした。

 

なぜその大学に入りたいか、何を学びたいかもぼんやりだったので、勉強なんて全く手に付きません。

 

 

第一志望の外大に落ちました。

 

 

 

今から思えば人生で初めての大きな挫折でした。

 

 

第二志望には魅力を感じず悩んでいたら母が留学してもいいよと言ってくれました。

 

 

英語の机上の勉強は得意でしたが、スピーキングとリスニングが全然ダメで、

 

 

How are you?

 

と聞かれても答えられないくらい、性格的にも自信のない自己評価の低ーい人間でした。

 

留学先でストレスから熱が下がらず大変でした。


 

帰国後英語が出来て環境学を学んで来たからと言って、25年前の地方都市で就職先もなく、やりたいこともなく、親友の死もあって、一年程引きこもりがちでした。

 

 

見かねてまた母が英語講師養成のスクールを勧めてくれて入りました。

 

 

それから数年英語教育に携わり、半ばビジネスに転向し、また自営で英語教育に関連することに戻りました。

 

 

そんな独身時代だった。

 

 

 

私は比較的自由なレールを母が敷いてくれて、将来の目標なんてなかったからその上を他の選択肢がないから歩いたという感じです。

 

 

そして息子、とくにSくんに思う。

 

 

学習障害の程度がどれくらいで、改善されないのか、出来るようになっていくのか、今の段階では全く未知です。

 

 

ただやりたいことが見つかったら、全力で応援してあげたいです。

 

自分が見つけられなかった目標というもの。

 

 

サポート出来れば幸いです。

 

 

今は少しずつ感じ始めている『なんでみんなスラスラ読めるのに僕は出来ないの?』の劣等感を取り除いてあげたい気持ちで一杯です。

 

 

Sくんの受験のことを考えるとハードルが富士山くらい高く感じます。

 

 

どうか色んな個性の子供達が生かし合えて、統一ではなく協調と統合の社会に生きて行けますように。

 

 

心からの願いです。

 

f:id:rainbowsoul:20180927123248j:plain

 

 

 

最後までお付き合いいただきありがとうございます。

 

f:id:rainbowsoul:20180927121448j:plain